娘にあやまりたいこと。

ブログ

【子育ての後悔】がない人等、いないのではないでしょうか。

「NOと言えないままだと、いじめられてしまう」…娘への無理強いは、私自身の自信のなさの表れだったのです。

娘に謝りたいことが、たった一つあります。

あれは、娘が小学1年生の運動会の日のことでした。

お弁当の時間に友達と遊びに行った後、泣きじゃくって戻ってきた娘。

(そのお友達も、娘が突然泣き出した理由がわからないまま、大人たちから問い詰められ、怯えていました。かわいそうなことをしてしまいました。)

私は「何が嫌だったのか、ちゃんと言葉で言わないと伝わらないよ。」と娘の手をひっぱり、先に集合場所へ戻ったそのお友達のところへ連れて行こうとしました。

その時娘が、たったひとこと、言ったのです。

「むりやりさせんで(させないで)。」

泣きながらの弱々しい声でしたが、娘ははっきりと、親の無理強いを拒絶したのです。

私は、「嫌なことは嫌とはっきり自己主張できる子にならないと、そのうちいじめられるようになる」という恐怖から、ひとり躍起になって、娘の気持ちを完全に無視してしまっていたのです。

それは、私の子ども時代の苦い思い出からの恐怖でした。

私は、リカちゃんハウスを取り上げられても、お年玉を巻き上げられても、果てには血がにじむくらい手の甲をつねられても、「やめて」が言えない子どもでした。

我が子にだけは、私と同じつらい思いを味わわせたくない。

そんな気の弱いままだと、私のような子になってしまう。

ひいては、私のような人間にはなってほしくない。

娘への無理強いは、私自身の自信のなさの表れだったのです。

だけど、少なくともその時点では、娘はいじめられていないのです。

今ここで起こっていない事に対して「将来いじめられたらどうしよう」と先回りして心配したところで、何になるの?

くよくよ悩み怯えるなら、実際にいじめられた時、全力で立ち向かい、守ってあげればいい。

今の私がすべき事は、子どもの気持ちに寄り添い、守ってあげること。

結局その日の私は、泣き疲れて眠がる娘を、競技の出番ぎりぎりまで、抱っこしていました(夫からは、甘やかすなと怒られましたが、無視しました)。

ようやく安心して少しだけ眠った娘は、目覚めると何事もなかったかのように、皆の輪の中に戻って競技にも元気に参加し、最後にはまた仲良くそのお友達と遊んでいました。

あれから3年、小学4年生になった娘は、相変わらずハッキリと「NO」とは言えない性格ですが、適当にかわしたり、やんわりと「ごめ~ん。むり。」と言えるすべをいつの間にか身につけています。

考えてみれば、母である私自身、そうやって何とかテキトーに生きてきたんですよね。

私の危惧していた「NOと言えない子はいじめられる」事態には、今のところ至っていません(もし万が一その事態が発生して、彼女が不登校を選択したら、全力でサポートするだけです)。

大切なことは、「将来不幸にならないように」先回りして押しつけるのではなく、

子どもが自分のペースで成長する力を信じること。

母親の私よりも、はるかにたくましくしなやかに、人生楽しむすべを心得ている娘の背中に、あらためて強く思いました。

ホームページTOPへ

タイトルとURLをコピーしました