お箸の持ち方で品格が決まるの?

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そもそも、「品格」とは何でしょう?

「大人の品格」「女性の品格」「ハケンの品格」・・・

本やドラマでも、よく耳にする言葉です。

人として社会生活を送るうえでなくてはならないもの?

人間としてのランク付け?

子どもが将来幸福な人生を送るために必要なもの?

「品格」でググってみますといきなり

「人の品のよしあし(引用元:Oxford Languages)」と出てきました。

うーむ。「品格」とやらで、人としての良し悪しまで格付けされるとあっては、

聞き捨てならないですね。

ところで私は、娘のお箸の持ち方がおかしな事を、ずっと気に病んできました。

夫や他人がどんな持ち方をしていようと全然気にならないのですが、我が子にだけはきちんとさせたかった。

お箸もまともに持てないようでは将来きっと苦労する=ズバリ、

「お箸の持ち方で品格が決まる=人の良し悪しが判断されてしまう」という価値観にとらわれていたんですね。

(この価値観は多分に母の影響でした。母から「だって、(ウチの娘の持ち方が)おかしいやろっ!」と言われるたび、母親としての自分が責められているようで、胸がキューっと締め付けられる思いでした)。

私自身は(他の礼儀作法ははなはだ怪しいのですが(^^;))箸の持ち方だけは(母の影響で)マトモだという自負があり、娘も1歳ごろまではちゃんとお箸を持てていて、「さすがは私の子♡だいじょうぶね(^^♪」とすっかり油断していたら、2歳で幼稚園に入った頃から、何やらおかしな持ち方に・・・(もしかしたら、他の子の持ち方をマネしてそうなったのかもしれません。この現象はウチの子だけではなく、“新入園児あるある”のようです)。

「あれぇ?〇ちゃん違うでしょ?正しい持ち方はねぇ~」とやんわり注意しても、時すでに遅し。
「魔のイヤイヤ2歳児」に突入し自我が芽生え始めていた娘は、ガンとして聞き入れず、

しまいには「うっせぇわ!しつこいんじゃ!!」とばかりに

「ウギャ~!!!」と全身で大暴れ(T_T)

そりゃ、色々試しました。

かっこいいスーパーヒーロー「オハシマン」が正しいおはしの持ち方を子どもたちに伝授する楽しい絵本(「やってきたオハシマン」(原案:箸匠せいわ 絵:いわたくみこ))を一緒に読んだり(娘は興味しんしんで何度も「読んで♡」とせがまれましたが、オハシマン伝授の“正しい持ち方の練習”には関心示さず(^^;))。

EDISON箸も、娘の大好きな「アナと雪の女王」デザインのものを通販で購入しました

(ちなみに百均とかでもほぼ同じの売ってるんですね。後で知りました(^^;))

毎日幼稚園に持っていかせてたけれど、相変わらず何の変化もなし・・・。

どうやら、ただ持たせっぱなしじゃ、ダメらしい。

みごと矯正に成功したママ友に話を聞いたところ、

「正しいポジションを指が覚えて、ある程度持てるようになった段階で、少しずつ輪っかを外して、慣れさせていくうちにいつの間にか自然と持てるようになった」とのこと。

オーマイガッ!ウチのは輪っかが外れないタイプじゃないかい!(T_T)

・・・あ、折れた。ポキッ(1本しかないのを昼夜毎日酷使していたので(^^;))。

「とにかく、一日一回は練習しようね!」と毎夕食後、一瞬だけでもいいからと、

正しい指のポジションをやらせていました。

でも、「痛い痛い」とイヤがるし、正しい持ち方をするとつまめない(T_T)

何より、正しい持ち方を強制されるつらーい食事タイムと、

ヘンテコな持ち方でも元気いっぱい笑顔でほおばって、夢中で今日あったことをおしゃべりする楽しい食事タイムと、どっちがいい?

ワタシは断然、後者のほうだ!

そう思ってからは、もう完全に開き直ることにしました。

(=虚しい努力に疲れ果て、一切を放棄しました(根性なし(^^;))

ところが。

開き直る事6年間。つい2か月前の、9歳の誕生日を迎えて間もない(新4年生を目前に控えた)春休みのこと。

長崎ちゃんぽんをおいしそうにすする娘の手元にふと目をやると。

「あれぇ?直ってない・・・?」

ビックリして娘に「どうしたん?」とたずねると、

「そろそろ4年生になるから、ちゃんとせんと恥ずかしいと思って・・・」との事。

あの虚しい奮闘の日々は何だったんだ~!!

(それなりに意味はあったのだと信じていますが(^^;))

私に無理強いされていた頃の娘には「何でこんなことしないといけないの?」と「やる意味」がさっぱり腑に落ちていなかったのだと思います。

そう、大切なのは「やろう」「変わりたい」と自分で思う事。

親から「やらされる」のではなく。

「やりたくない」のなら、無理強いはしない。

娘はたまたま箸の持ち方が前よりよくなりました(完璧な持ち方とはまだ程遠いのですが、

十分御の字です(^^♪)。

が、もし一生直ってなかったら?

何のことはない。世界中には「他人の箸の持ち方なんて全く気にならない」けど、

人として優れており愛情豊かという人も星の数ほどいるのです。

そういう仲間に囲まれて、きっと楽しく豊かな人生を送っていたことと信じています。

子育てには、今はできなくても(全然やる気がなくても)、ある日突然スイッチ入って親が驚かされる、ということがいっぱい。

だから、自分のこそだてに自信を持って、楽しもう(^^♪

最後に。

で、結局のところ「品格」とは?「品の良い人」とは?

「人の良し悪し」を決めるものとは?

「裕福な家庭で良い教育を受けて育った人には品格が備わる」

これは、ある程度事実です。(だからこそ皆、必死になるのです。)

ですが、どんなに「お金」や「地位」や「高い教育」を受けていても

人としての品位に欠ける者は少なからずいます。

映画「タイタニック」のジャック(レオナルド・ディカプリオ)は、お金も教育もないけれど、

命が尽きる最後まで「何が何でも生きてやる!」という本能のままに、「何か方法はないか?」とあきらめず、最期の瞬間まで笑いながら希望を捨てずに、愛する女性を命を賭けて守り抜いた。

(彼は、ローズだけでなく友人などへの優しさにも溢れ、だからこそタイタニック沈没時、三頭船室に閉じ込められた仲間達が彼のもとに一致団結して、扉を突き破るパワーが生まれたのだと思います。)

では、彼の「何が何でも生きてやる!」という逞しさと、愛する人を守り抜くまごころは何によって培われたのか。

それは、自由。

心のままに自由に生きてきたからこそ、

何度心折れる出来事に遭ってもまた

ポーカーでタイタニックの乗船券を勝ち取った時のように

「人生バンザイ!」と心から思える瞬間を何度も経てきたからこそ、

そして苦しい時に手を差し伸べてくれる仲間に何度も助けられてきたからこそ、

彼は、命が尽きる最後まで「何が何でも生きてやる!」という本能のままに、「何か方法はないか?」とあきらめず、最期の瞬間まで笑いながら希望を捨てずに、愛する人を守り抜いたのではないでしょうか。

「品格」とは、いわゆる「お行儀のよさ」ではなく、

「人(男女問わず)としてのダンディズム」ではないでしょうか。